Friday, June 5, 2015

模倣で生まれる群れの集合知


おもにピーター・ミラー『群れのルール 群衆の叡智を賢く活用する方法』第4章「鳥」による。

1919年、イギリスの鳥類学者エドマンド・セルスはスズメの群れの行動を観察していて、ある仮説に行き着いた。草のあいだでそれぞれに座ったり立ったりしていた数百羽、数千羽のスズメがいっせいに舞い上がり、空中でみごとな旋回を見せたかと思うと、次の瞬間にはいっせいに地上に舞い降りる。これほどの協調的な行動はどのようにして可能なのか。
従来の説では、鳥たちの一致した行動はリーダーの指示によるとされていたが、それはありえないとセルスは考えた。数千羽ものスズメの協調行動は、リーダーの指示によるとしたのでは協調のみごとさや同期の素早さが説明できない。彼が可能性を見いだした唯一の仮説は、鳥たちが何らかのテレパシーによって行動を同期させているというものだった。
今日までの研究でテレパシー説は捨てられているが、協調行動の謎を解明するというセルスの問題提起は正当なもので、群れの行動のカギとなるのが「模倣」であることが明らかになっている。

1986年、コンピュータグラフィックスの専門家クレイグ・レイノルズが、鳥の群れの動きをシュミレートするボイド(Boid)というシンプルなプログラムを作った。
このプログラムでは、鳥に見立てた多数の物体 boid (bird-oid=鳥もどき)に、
  1. 他のボイドと衝突しないこと
  2. 他のボイドと離れないこと
  3. 全体の流れに沿って飛ぶこと
この3つのルールを与えて、群れの動きをシュミレートする。boid 同士がたがいの距離によって離れたり近づいたりするだけのシンプルなモデルだが、シュミレーションの結果はきわめて鳥の群れの動きに近いものだった。

レイノルズが作成した Boid のシュミレーション映像。


次のリンク先にあるのは Processing による Boid のバリエーション。
画面上でクリックすると新しい boid が生まれて群れの動きに追随してゆく。
» Flocking/Examples/Processing.org

1995年、ハンガリーの物理学者タマス・ヴィセックは、磁性粒子の動きに着想を得て Boid に似たシミュレーションモデルを作った。このモデルでは、鳥や魚に見立てた個々の物体は単一のルールに従って同じ速度で動く。
そのルールとは「自分から見て一定の距離内にある物体が向かっている方向の平均値を取り、それを自分の進路とする」というもので、ヴィセックは物体の数を40個から最大1万個まで増やしてシュミレーションを行ったが、いずれの場合も物体は自然に密集しはじめた。最初は小さなグループがでたらめに動き回るだけだったが、次第に単一のグループにまとまって、同じ方向に動くようになるのが観察された。

2004年末から2007年にかけて、イタリア、フランス、ドイツ、ハンガリー、オランダの7つの研究機関から、生物学者、物理学者、コンピュータサイエンティストが参加して、「ムクドリの飛行(略称STARFLAG)」という調査プロジェクトが行われた。中心になったのはイタリアの研究機関で、調査対象にはローマ国立博物館の屋上から観察できるムクドリの群れが選ばれた。
現実の鳥の群舞を観察・解析する試みは早くから行われていたが、対象となる群れの大きさは10羽程度から100羽足らずであった。これに対して STARFLAG プロジェクトでは数百羽から数万羽の群れを対象とし、現代の高解像度ビデオカメラや画像解析技法を駆使して1羽ずつの個体の識別を可能にし、鳥たちが従っているルールを明らかにした。
博物館の屋上から見るムクドリの群れはたいがい球状をしているように見えたが、解析の結果はそれらがむしろ平らであることがわかった。「群れはジャガイモのような形状をしていると思ったが、実際にはポテトチップスみたいだった」と研究グループのメンバーはたとえている。
群れの中の個体の散らばり方も意外なもので、群れの中心より端のほうが密集度が高かった。ハヤブサなどの外敵に襲われた場合、中心部のほうがより安全である。そこで各個体が中心部に向かおうとして周辺部の密度が高くなるのだと見られている。
群れの協調行動の原理は、それまでの研究でも言われていたように、個体が他の個体の動きを模倣することだった。ただし、それぞれの個体が注意を払っている相手は6〜7羽にすぎなかった。情報が多すぎるとかえってノイズが混じり、行動が一貫しなくなるためだろうという。また相互作用する個体は、自分の前後ではなく左右の隣人であった。これはムクドリの目が頭の両脇に付いていることで説明できるという。

このような模倣による協調行動は、鳥の群れだけでなく、魚やトナカイの群れ、さらに人間の集団でも見られ、メンバーが他の個体を注視することで集合知を生み出す原動力となっている。